地域おこし協力隊の拠点で長年に渡り開催されてきた「七尾祭り」の小行事になりました。
この祭りの詳細は下記の通りです。
由緒正しきお祭りの小行事に抜擢され大変光栄です。

益田七尾まつりは、約130年の歴史を持つ地域最大の祭礼です。

その開催の経緯と由来には、菅原道真公(天神様)への信仰と、中世にこの地を治めた豪族・益田氏の歴史が深く関わっています。

1. 開催の経緯:防府天満宮からの「移入」

この祭りの中心となる「大小行司(だいしょうぎょうじ)の行列」は、明治時代に益田天満宮が祭りを盛大にするために導入したものです。

  • 移入の時期: 明治16年(1883年)に始業されました。※資料によっては明治20年とされる場合もあります。
  • 場所: 山口県防府市の**防府天満宮(周防宮市の天満宮)**から、その行事の形式を移し入れたことが始まりです。

2. 由来と主役「大小行司」の意味

祭りの主役である「大行司」と「小行司」は、菅原道真公にまつわる伝説に基づいています。

  • 伝説の再現: 菅原道真公が九州の大宰府へ流された際の道中を再現したものとされています。
  • 役割: 道真公を尊敬し、その身を警護したとされる主役の2名が「大行司」と「小行司」です。
  • 行列の内容: 古式ゆかしい装束をまとった大小行司の騎馬行列を中心に、牛馬や「子ども奴(やっこ)」、さらには神輿などが加わり、城下町を練り歩きます。

3. 歴史の重層:益田公武者行列

近年の七尾まつりには、益田市のルーツである中世豪族・益田氏の功績を称える要素も加わっています。

  • 武者行列: 平成6年(1994年)から始まった出し物で、約900年前から400年間にわたって石見地方を治めた益田氏の初代・兼高公や、第12代・兼堯公の進軍の様子を再現しています。
  • 時代絵巻: 手作りの鎧兜(よろいかぶと)を身にまとった市民が武者姿で更新し、地域の誇りを次世代へ伝える役割を担っています。

このように、七尾まつりは天神信仰に由来する平安の行列と、益田氏の勇壮な中世の記憶が融合した、益田の歴史を象徴する行事となっています。

本当に大変恐縮です。。